りつこの読書と落語メモ

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シネロマン

シネロマン (1977年) (新しい世界の文学〈80〉)

シネロマン (1977年) (新しい世界の文学〈80〉)

シネロマン

シネロマン

★★★★★

時は1930年代、フランスの田舎町の映画館《マジック・パレス》……。その創立者や後を継いだ親子たちの生活が哀歓込めて描かれる。生の苦さと虚しさが胸に迫るフェミナ賞受賞作。

読書メモの前の方にメモしていた本。
前の方にメモしている本はもうほとんどが何を見て「面白そう」と思ってメモしたか、記憶が定かではないんだけど、これは珍しく覚えている。これはすみにえさんのところで見て是非読んでみたい!と思った本だったのだ。
すみにえさんのページが更新されなくなって2年。寂しいなぁ…。もう復活されることはないんだろうか。
あ、あとこれ、図書館で借りた本だったんだけど、1977年刊行された本で、図書カードを差すポケットが付いていた。なつかしい〜。

1930年代のフランスのとある村で「マジックパレス座」と呼ばれるうらぶれた映画館が売りに出された。 買ったのは ローラン一家。
芸術の一端を担うこと、素晴らしい映画を上映してマジックの評判を上げること。そんな夢を抱いて映画館を購入したローラン家だったのだが、立地の悪さやお金がなくて流行遅れの映画ばかり上映していることなどから、客足は遠のき商売はどんどん下降していき一家はやがて映画館を手放すことに。
物語は、マジックを買い取った当時15歳の少年だったフランソワを中心に語られていく。

何か大きな事件が起こるわけでもなければ、感動的なエピソードが語られるわけでもない。
さびれた映画館がますますさびれていく様子が淡々と描かれているだけといえばそうなんだけど、映画が始まる時のどきどきわくわくした気持ちとか、古い映画館のかび臭い感じとか、親の行動に振り回される子ども時代の情景とか…読んでいる間なんともいえずなつかしいような気持ちにさせられた。

親の思いつきで映画館をやることになり、チラシを作る手伝いをしたり、映写機を扱う手伝いをしたり、チラシを配ったり、どんどん自分の自由な時間が侵されていくことに憤りを感じながらも従うフランソワ。
それは、彼自身が映画に魅せられていったということもあるし、そういう自分をまるで映画を見るように遠くから面白がって見ているようなところがあったせいでもある。
両親がいよいよマジックを手放すことになった時、フランソワはマジックパレスに残る道を選ぶ。
それは映画への情熱のせいでもなく、その時自分が好きになっていた女と離れたくないからであり、また両親が罪悪感を感じればいいという意地悪な気持ちからでもあった。

子どもは多かれ少なかれ親の選択に振り回されるし、どんなに反発しても巻き込まれたり影響を受けたりしないではいられない。
そしてまた、その後の人生を左右するような大きな選択をする時に、ちょっといい感じになっている恋愛とか、こういう選択をしたら親の胸が痛むに違いないとかいうような意地悪な気持ちとか、そんなところで決めてしまう、というのもよくあることだ。

淡々とした物語で、こういうことをじわりと伝えてくるのって、ちょっとすごいと思う。
「掏摸」を読み終わった時に、純文学とエンターティメントの違いってなにかなぁと考え、結局結論が出なかったんだけど。
内容が高尚であるとか、表現が文学的であるとか、そういうことではなく、普遍的な何かをきちんと伝えていること。それが文学の力なのかもしれない。
この作品を読んでそんなことを思った。