りつこの読書と落語メモ

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死の棘

死の棘 (新潮文庫)

死の棘 (新潮文庫)

★★★★★

思いやりの深かった妻が、夫の「情事」のために突然神経に異常を来たした。狂気のとりことなって憑かれたように夫の過去をあばきたてる妻、ひたすら詫び、許しを求める夫。日常の平穏な刻は止まり、現実は砕け散る。狂乱の果てに妻はどこへ行くのか?―ぎりぎりまで追いつめられた夫と妻の姿を生々しく描き、夫婦の絆とは何か、愛とは何かを底の底まで見据えた凄絶な人間記録。

こういうタイプの日本の作家が一番苦手だ。
ああでもないこうでもないと内面をほじくりかえす私小説という形式も、また独特のこの芝居がかったような文体も、ものすごく苦手なのだ。
以前、小島信夫の「抱擁家族」を読んだ時はとにかく最初から最後まで「キモチワルイ」という感想しか持てなかったのだ。

しかし今回は桐野夏生の「IN」を読んで興味を惹かれて読んだので、この独特の気持ち悪さも含めてものすごく面白かったし楽しめた。
いや楽しんだというのは語弊がある。最初から最後まで読んでいて本当に息苦しくて、「もうなんで…?」と胸をかきむしるようにして読んだのだから。

10年間浮気を繰り返した夫トシオにある日突然キレた妻ミホが、とりつかれたように女たちとの情事、その細部までを責めたてあばきたてる。
なぜそんなことをしたのだ?あの女には何を買ってやったのだ?何回プレゼントをしたのだ?どんな手紙を書いたのだ?どの店に行きなにを食べさせたのか?

過去をどんなに詫びても、これからはもう二度とこんなことはしないとどんなに誓っても、妻の気が済むことはない。
「発作」が起きると、狂ったように夫を責め、子どもたちの世話も放棄し、狂女のようになる妻ミホ。
過去を詫び妻への愛を訴えつつも、過去の細部を責め立てられると自分も狂ったようになる夫トシオ。

もう別れてしまえばいいのに。見捨ててしまえばいいのに。
そんな想いを抱きつつも、この夫婦のお互いへの執着はいったいなんなんだろう?それは結局のところ夫婦愛なのだろうか?
この夫婦の行く先が気になって、何度も目を背けたい気持ちになりながらも、先を急ぐように読んだ。
それだけにこのラストは、ああ、こうやって最後の最後までこんな終わり方で…!と腹が立ったのだが、それがまた妙にリアルで、おそろしいのだ。

何が怖いって、自分がミホにならないとは限らないというところだ。あるいはトシオに。
自分の中に沸いてくる負の感情をとことん突き詰めていくと、行き着く先はおそらく狂気なのではないか。
どこまでが正常でどこからが異常なのか。ただのやきもちがどこまでいくと発狂になってしまうのか。正常と異常の境界線は非常に曖昧だ。
それが怖い。妻にどうしようもなく責められた時、これ見よがしに頭を壁に打ちつけたり首を吊るまねをしたのは、トシオなのかあるいは自分なのか。わからなくなるところが、この小説の怖さだ。

ここまで自分をさらけ出して書ききった精神をあっぱれと思う気持ちと、どこからどこまでも気持ち悪い夫だと思う気持ち、両方なのだけれど、しかしすごい小説であることは間違いない。
アレルギーのあったこういう小説も、これから少し読んでみようか、という気持ちにもさせられた。