りつこの読書と落語メモ

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刺繍

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★★★★★

「マタニティドラゴン」がとても良かったので、太宰治賞を受賞したというこの作品を読んでみた。
すごく良かった。「マタニティドラゴン」も好きだったけれど、それとはもう比べ物にならないくらい良かった。太宰治賞ってもしかするとすごく好みな作品が多いような気がする。要チェックだ。

39歳、バツイチ、子無し。うんと年下の恋人有り。わたしは大人だ、ひとりで頑張って生きよう。そう思っていたのに、母に痴呆の兆しが。両親と自分と、そして年下の恋人と、という奇妙な共同生活が始まる。

主人公のエリが他人とは思えない。

私は程の良い人が好きみたいだ。程の良い人の前では安心していられる。私自身が抑制の利かないタイプだからかもしれない。欠けていたり余ったりしているところが多く、そのせいでいつもバランスが悪い。 (中略)
怒ったり拗ねたりやっかんだり舞い上がったり喜んだり恥ずかしがったり、五分前の自分を思い出して、そのバランスの悪さにきゃーと叫びたくなるのはしょっちゅうだ。

みんなが「自分がもうこんな年だなんて信じられない」と言う。自分もそうだと思う。だけど自分のそれと人のそれとは圧倒的に違うような気がする。自分は本当の本当に子どものままだと思う。
だから年下の恋人といると大人の振りをしなくて済むから楽しいのだ。だけど好きになればなるほど、自分が大人の女として振舞わないと後がつらくなると思う。だから大人の女っぽく振舞ってみる。だけどなんかしっくりこない。

そんな大切な年下の恋人に、あろうことか、ぼけた自分の母が恋をしてしまう。
もうムスメである自分のことさえわからず、表情も乏しくなった母が、恋人のことを「敏雄さん」と呼び、カレと話しているときだけ少し正気が戻るような振る舞いをする。
母の介護をしている父はそのことを嫌がるどころか喜び、彼も一緒に住めないだろうか、と提案してくる。

なんともウエットな話なのだが、それが全然嫌らしく感じない。
いや、時々ぞくっとするような暗さを見せながらも、どこかほのぼのしていて楽しくて愛おしい。エリ、敏雄、おかあさん、おとうさん、全員をぎゅっと抱きしめたいような気持ちになる。

そっと胸にしまっておきたいような言葉がたくさんあった。
小さな刺繍があるだけで絶対に捨てられないハンカチのように、これは私にとってとても大切な小説になった。出会えてよかった。