りつこの読書と落語メモ

読んだ本と行った落語のメモ

時間のなかの子供

時間のなかの子供

時間のなかの子供

★★★★★


本の感想で、「感動した!」とか「泣けた!」とかってあんまり言いたくないんだけど(いかにも安っぽい感じがして)、私のボキャブラリーではなかなかそれ以外の言葉が浮かんでこない。これはもう読んでいて流れ出る涙を止めることができなかった。
どちらかというと私の得意なタイプの小説ではない。情緒的というよりは観念的というか理性的。右脳じゃなく左脳もたくさん使わないと理解できない内容。圧倒的なストーリーがあってそれにどわーっと流されていくというような小説ではないし、体温が高い小説というよりはかなり低めの小説だ。しかし冷静な文章でいて、語られるのはかなりショッキングな物語だ。

一瞬の隙に幼い娘が消えた―絶望の果てにバランスを失っていく妻と夫、危うい喪失感のうちに浮び上がる「もうひとつの記憶」…。倒錯的な美意識と痛烈な諷刺。イギリス文学界の奇才が、90年代の「暗黒郷」を幻想的に描く。ウィットブレッド賞受賞。

スーパーで一瞬目を離した隙に、3歳だった娘がいなくなる。何よりも大切で愛おしい我が子を一瞬で失う。これほどまでに恐ろしいことがあるだろうか。私も子どもをスーパーや駅などで一瞬見失った経験があるが、そのたびに悲鳴をあげたくなるような恐怖を感じた。
この物語は、そんな悲劇に見舞われてしまった夫婦の物語なのである。

時間の隙間で迷子になってしまったかのように消えてしまった我が子。3年探して見つからなくてもあきらめられるはずもない。そしてそんな圧倒的な悲しみの中で、同じ悲しみを負っている夫婦がお互いを見るだけで傷つき憎しみ合い、離れていってしまうのも、不思議ではない。お互いの態度に傷つき恨み非難してしまう。慰めあうどころか悲しみを増長させあうだけの存在になってしまう。


物語はそれだけではなく、子ども時代に逆行していく政治家、タイムポケットに迷い込んだ時に見かけた両親の過去の姿、時代に逆行するような子育てガイド、といろいろな要素が幾重にも重なり合い、時にぞっとさせられたり、時に見につまされたり、時に心の琴線に触れたり…。
脳のいろんなところを刺激された小説だった。ブラボー。最高だ。苦手意識を持っていた作家だったけれど、他の作品もどんどん読んでいこうと思う。

そして、少しでも記憶に留めておくために、今後は、忘れられないシーンや文章を引用することに決めた。以下ネタバレ。





その時彼は了解した。(中略)あれは一種の続編、いわば再現でもあったのだ、と。スティーヴンの心にある予感がよぎり、それは即座に確信にまで高まった。これまでの悲しみの一切、これまでの空しい待ち時間の一切が、実は、意味のある時間のなかに、およそ想像しうる限りで最も豊かな展開のなかに包まれていたのだ、と。