りつこの読書と落語メモ

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英国紳士、エデンへ行く

英国紳士、エデンへ行く (プラチナ・ファンタジイ)

英国紳士、エデンへ行く (プラチナ・ファンタジイ)

★★★★★

エデンの園を求める英国紳士たちの船旅を、語りの超絶技巧+ユーモアで描く奇想大作

1857年ヴィクトリア朝英国、科学的な地質研究によって、信仰のよりどころの危機にさらされた牧師ウィルソンは独学で地質学を修得。“エデンはタスマニアにある”という新説を発表し、キリスト教世界における時代の寵児となる。そしてついには、医師ポッターと植物学者レンショーを引き連れて、タスマニアへと実証の旅に出発する。だが、一行がチャーターした〈シンセリティ〉号は、船長をはじめ、英国人を目の敵にするマン島人だけが乗り組むいわくつきの帆船。そのため、税関史との数々のトラブルに巻き込まれたり、海賊に襲撃されたりと波瀾万丈の船旅が続く。さらに、性格が水と油の牧師と医師の対立は、旅程を追うにつれ、激化する一方。地球をほぼ半周する珍道中が繰り広げられるのだった。
一方、植民地化がようやく緒についたばかりの1820年のタスマニアでは、同化政策が積極的に進められていた。アボリジニの母親と白人の父親のあいだに生まれたため、母親やアボリジニ社会から疎まれて育ったピーヴェイは、種族の存続のため、白人の言葉を覚え、白人社会に入り込もうとしていくが……。
やがてウィルソンら一行はタスマニアに到着し、ついにエデンを目指すべく探検に出発する。そこには、ガイドとして彼らに随行するピーヴェイの姿があった。一行が英国から遙か東方の果ての地で目にしたものとは……。
博覧強記の作者ニールが、綿密な時代考証のもと、総勢20人の語り手を創造し綴った歴史奇想大作。2000年度ウィットブレッド賞受賞。

いやこれはもうなんとも奇妙な小説だった。「なにみたい」って言えない味わいがあったなぁ。
文体や語り口はとてもユーモラスで軽いのだけれど、主題や物語自体は決して軽くないし甘くない。人種差別、偏見、宗教という、ものすごい重いテーマを、歴史に忠実にシニカルに強烈に描きながらも、思わずくすっと笑ってしまうようなユーモアで包んでいる。

登場人物が20名ぐらいいて、しかもそれぞれの人たちの視点から語られる物語が、ぶつ切りに進んでいくので、最初は何が何だか、誰と誰がつながるのか、誰が主人公なのか、どういう方向に物語が進んでいくのか、皆目検討がつかない。「登場人物の名前を覚えられないから翻訳本は苦手〜」とか「翻訳本ってなんか読みにくい〜」と言う人に「どう?ほら、やっぱり読みづらいでしょ?」と微笑みかけるような小説だぞ、こりゃ。

でも1/3ぐらい読み進んだあたりで、俄然面白くなってくる。白人至上主義、盲目的なキリスト教信者への、作者の強烈な批判が痛快で、「でも本当に…本当にそんなことが?」とうすら寒さを感じ、もうなんだかわからないながらも猛烈に腹が立ったり涙が出たり「がんばれーー」と手に汗握ったりしながら、最後まで夢中で読んだ。

読み終わってから解説を読んで、これが史実に忠実に書かれた作品と知り愕然とした。こんなことが本当にあったのか…。作者は祖父がマン島出身者ということだけれど、冷静な視線で史実を見つめ、批判の目をきちんと持ちながらも、ユーモアとあたたかさを持ち続け、わずかではあるけれど希望も感じさせてくれる終わり方で、いやぁなんかすごい小説に出会ったぞ〜とぞくぞくした。