りつこの読書と落語メモ

読んだ本と行った落語のメモ

20世紀

20世紀

20世紀

★★★★

奇想天外な空中船が飛び交う近未来のパリ。人々は家にいながら世界の情報にリンクし、株を買いあさっては一喜一憂。国家のボーダーはなくなって、10年に1度の革命に歓喜する!
フランス19世紀の末、日本がまだ明治時代だったころに、そんな未来世界を想像し予想した作家がいる。『地底旅行』『八十日間世界一周』のジュール・ヴェルヌと当時の人気を二分したフランスの奇才、アルベール・ロビダ。彼の幻の空想近未来小説が120年ぶりに新訳で登場。
訳者は『地底旅行』、レーモン・クノー『文体練習』(小社刊)などを手がけた、朝比奈弘治氏。ロビダ自身による300点を超える挿画は眺めるだけでも楽しい。原典初版本(1883年刊)を完全復刻した美しい造本。


この本の刊行が1882年。つまり120年前。ぎゃーすごい。そのころに想像した未来1952年が描かれている。なので、ジャンルにしたらSFに括られるのかと思うがこの小説はおよそSFっぽくない。全体の雰囲気がとてもノスタルジックで、未来でも過去でもある。そんな感じなのだ。

ポント一家という銀行家の裕福な家庭があって、そこに引き取られたエレーヌという金髪の美しい少女がいる。彼女が学校を卒業してこの後見人の家に戻ってきて、何らかの職業に就かなければならない!と、あれこれ職を転々とする、というお話がまずあって。その時代の科学、技術、職業、生活、政治などの描写がかなり詳細にされている。

作者アルベール・ロビダは挿絵画家でもあったということで、彼自身による挿絵がこの本には300点ぐらい載せられているのだが、これが本当に素敵。精密で味があってユーモラス。これが物語とぴったりマッチして(たまにわざとちょっとずれていたりして)ものすごく楽しい。

ここに描かれている20世紀は当たらずとも遠からずっていうか、現実よりこの小説の中の20世紀の方がずっと面白くて楽しいんだけど、それでもドキっとするほど当たっている!と思うところも結構ある。
例えば、女性の社会進出。この本が書かれた頃にはきっと全然違っていたんだよねぇ。だけどこの小説の中では「女性も職業をもって自立しなければならない!」という社会の風潮があって、主人公であるエレーヌはボント氏に言われるがままに弁護士になろうとしてみたり政治家になるべく政治学院で勉強したり新聞記者をやってみたりする。この時代にこういう発想があったっていうのは結構すごいんじゃないかなぁ。

建物がどんどん高層化したり、家にいながらにして芝居やバレエを楽しめるテレフォノスコープ(これはテレビに近いけれど、テレビよりもっと楽しそうだ)等も、「おお。当たっとる!」と思ったし、どんどん過激になっていくマスコミ、感情に訴える裁判、面白さのみを追求する芝居、「手っ取りばやく政治家になるための」学校、1時間で見て回ることのできる簡易版美術館など、今の風潮をあらわしているなぁと思う。しかしそれよりもなによりもすごい!と思ったのは、金金金の金社会を予見していることだ。
「金銭に敬礼!現代の帝王、金に敬礼!」金を敬い金になることを重んじ効率を重んじ無駄を省いて人より先んじることを良しとする。これはまさに今の社会そのものだなぁ…。

しかしこの小説は楽しい。暗澹とした気持ちになるより、わははははと笑える。ものすごく楽しいんだ。

私はこの本は持ち歩いて2日で読んだのだが、これはそういう風にして読むような本じゃないと思う。なによりまず重い…。電車の中に立って片手で持っていると、もう親指がつりそう。そして物語らしい物語が繰り広げられているわけではないので、そういう意味ではちょっと退屈に感じられるところもある。
この本は、夜ソファーでゆったりとブランデーをちびちびやりながら優雅にめくる、そんな本だ。私にはブランデーをちびちびやるような習慣はないけど。
とにかく挿絵を眺めているだけで実に楽しい気分になれるので、一家に一冊ほしい。