りつこの読書と落語メモ

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夜の樹

夜の樹 (新潮文庫)

夜の樹 (新潮文庫)

★★★★★

ニューヨークのマンションで、ありふれた毎日を送る未亡人は、静かに雪の降りしきる夜、〈ミリアム〉と名乗る美しい少女と出会った…。ふとしたことから全てを失ってゆく都市生活者の孤独を捉えた「ミリアム」。旅行中に奇妙な夫婦と知り合った女子大生の不安を描く「夜の樹」。夢と現実のあわいに漂いながら、心の核を鮮かに抉り出す、お洒落で哀しいショート・ストーリー9編。

私が意識的に翻訳本を読むようになったきっかけはカポーティかもしれない。
大学1年生の時の英文学の講義でカポーティの「カメレオンのための音楽」が教材になった。これを読んで、ぬおおお!とカンゲキした私。なんて面白い!!これがアメリカの文学なのか!!
それから翻訳されているカポーティの小説を読み、アーウィン・ショー、ジョン・アーヴィングレイモンド・カーヴァージョン・アップダイクサリンジャーと文庫で出ている(なにせお金がなかった)アメリカ文学をどやどやと読んでいった。

だから私にとってカポーティとはまさに翻訳本好きになったきっかけを作ってくれたとても思い入れのある作家なのだ。そういえば大学の授業の時に「この表現からどういうことがわかるか?」という先生の質問に答えられたのは私一人だった。答えは「(その人物が)ゲイである」ということだったんだけど、私以外の生徒はみんなぽかんとしていた。当時まだ「ゲイ」というのがそれほどメジャーじゃなかったんだな。今だったら、そうじゃないものまでそういう目で解釈するという読み方まであるっていうのにね。いやでもそれってそんなに遥か昔のことじゃないのよ。その後10年ぐらいたってからは、アメリカの新しい作家の小説はほとんど全てゲイについて書いてある、という時期があったように記憶している。

思い入れがあるだけに今回うん十年ぶりに再読するのが正直ちょっと不安でもあったのだ。あの時はえらいカンゲキしたけど、今はもうもっとすごい小説をばんばん読んでるから、なーんだこんなもんかと思うかもしれないなぁ、と。
実は家を探してみたら「夜の樹」は単行本でも文庫本でも持っていた。多分両方とも「はじめて」の気持ちで買って2回読んだのだと思う。それなのに当時も気づいていなかったし、今読んでも内容を全然覚えていない鳥頭…。
でもそのかわりものすごく新鮮に「おもしろいっ」と思えたのだから鳥頭バンザイ!なのである(←開き直り)。

全部で9作の短編が収められているが、正気と狂気の間を漂う人間が描かれていて、読んでいるとなんだか胸が苦しくなってくるような作品が目立つ。いまどきはこういう小説も多いから慣れてきているはずなんだけど、読んでいてなんだか足元がおぼつかなくなるような不安定さを感じる。不健康な作家だなぁ…。この人大丈夫だったんだっけ…最後まで正気を保っていた?と解説を読んだら、そうだ、晩年のカポーティは結構悲惨だったんだ。やっぱりなぁ…。
「ミリアム」「夜の樹」「無頭の鷹」の恐ろしいこと…。これはホラーだ…。私はこういうのが一番怖い。なんか自分がそんな風にして気が狂っていくんじゃないかっていう不安を覚える。決して他人事には思えない。だけど何故か惹かれる。

「銀の壜」「感謝祭のお客」は他の作品とは全くトーンが違っている。カポーティは偽悪家だったけれど、心の奥底には優しさとか純粋さを持っていた人なんじゃないかと思わせてくれる。この2つの作品はとてもいい。好きだ。
それから「誕生日の子どもたち」。これは残酷さと優しさを両方兼ね備えた作品でものすごくいい。いいなぁ、これ。

うん十年ぶりに読んで、やっぱりカポーティはすごい!好きだ!と思った。