りつこの読書と落語メモ

読んだ本と行った落語のメモ

聖母の贈り物

聖母の贈り物 (短篇小説の快楽)

聖母の贈り物 (短篇小説の快楽)

★★★★★

ちょっと短編に飽きてきちゃったかもなぁ、しばらく短編断ちしてみようかなぁ、なんて思ったりもしていたのだが、今週図書館から借りてきた本(予約していた本)11冊中短編が5冊…。それだけ短編ってたくさん出版されていて面白いものが多いということなんだろうな。
と、若干低いテンションで読み始めたこの作品。いやもう短編に飽きたかもなんて一瞬でも思った私が間違っていた!面白い作品は面白いのだ。短編だから限界があるなんてことはないのだ!いやほんとに素晴らしかった、この短編集。トレヴァーは柴田元幸さんのアンソロジー等で短編を何篇かは読んでいて、あとはこの間15年ぐらい積んでいた「フールズオブフォーチュン」を読んだぐらいなのだが、いい!すごくいい!恐ろしくいい!

"孤独を求めなさい"---聖母の言葉を信じてアイルランド全土を彷徨する男を描く表題作をはじめ、ある屋敷をめぐる驚異の年代記「マティルダイングランド」、恋を失った女がイタリアの教会で出会う奇蹟の物語「雨上がり」など、運命に抗えない人々の姿を鋭利な視線と引き締まった文体でえぐりとる稀代のストーリーテラートレヴァーのベスト・コレクション全12篇。 

トレヴァーはアイルランドの作家だが、どこを切ってもアイルランド!という作家ではないような感じがする。イギリス文学のような雰囲気のする作品もあれば、アリステア・マクラウドを思わせるような作品もある。
ここに収められた12の短編は決して甘くはない。最初に収められた「トリッジ」「こわれた家庭」に見られるように、意地の悪いような作品も多い。 しかし意地が悪いだけではないのだ。「聖母の贈り物」にあるように、神聖なものをそのまま静かに受け入れるような敬虔さもある。そして人間の醜悪な部分や狂気を描いていてもなお何よりまなざしが温かい。そう、温かいのだ。そこがたまらない…。

不倫の恋の一瞬の輝きと衰退を描いた「イエスタディの恋人たち」。トレヴァーってこういう作品も書くのか?!と驚いた。なんとも情けないような話だが、わからなくはない。いや、ほんと言ったらわかる。わかりすぎるぐらいわかる。
父親が亡くなり、残された農地と母の面倒をみるために末っ子の息子が農村に帰ってくる「丘を耕す独り身の男たち」。この物語をこんなふうな結末に導くというのは、ちょっと想像がつかなかったし、こういう部分がトレヴァーらしいなぁと私はためいきが出てしまうのだ…。
そして私が一番好きだったのが「マティルダイングランド」。3部作で綴られるこの作品は短編というよりは中編のボリュームなのだが、中身は長編に匹敵する濃さだ。1部、2部、3部と物語が変容していくのが実に見事で、そしてこのラスト…。主人公に感情移入して読んできたからこそ、受ける衝撃は大きい。そしてこのラストを読むと、1部に出てくるミセス・アッシュバートンもまた違って見えてくる…。うおおお。

トレヴァーは短編の名手と言われるようだが、その魅力は長編でもきっといかんなく発揮されているのではないかと思う。もっともっと他の作品も翻訳されますように…。
余談だがこの裏表紙にあるトレヴァーの写真の素敵なこと…。こちらをまっすぐ見つめるこのまなざし。何もかも見抜かれてしまうような、それでいて、面白がって笑ってくれるようなこのまなざし。切り取って机の前に貼っておきたいくらいだ…。