りつこの読書と落語メモ

読んだ本と行った落語のメモ

長い夜の果てに

長い夜の果てに (扶桑社ミステリー)

長い夜の果てに (扶桑社ミステリー)

★★★★★

ルース・レンデル、バーバラ・ヴァインは私にとって微妙な作家だ。翻訳されている作品のうち7割ぐらいは読んでいると思う。多分好きそうだなぁと思って読み、読み終わると「うーん、ちょっと微妙だったなぁ」と思い、しかしまた「いやでもこれは好きなんじゃないかな」と手に取る。
そんな風にしてかなりの作品を読んできているのだが、いまだ好き好きー!と叫びたくなるような作品には当たっておらず、しかし「嫌いじゃない」いやむしろ「好き」。しかし「じゃあどの作品がオススメ?」と聞かれると、「う、うーん…」と答に詰まるような…。でも「レンデル好きなんだー」と言われると「うーん、わたしもー」と言いたいような。
パトリシア・ハイスミスも私にとったらちょっと似た感じなのだが、こちらのほうがもうちょっと「嫌い」寄り。でも嫌いだからもう読まないのかといえばそんなことはないんだよな。とくにハイスミスは「回転する世界の静止点」が恐ろしく良かったので、今までは「やや嫌い寄り」ではあったけれど、やっぱり他の作品も読まないと損だぞーと私の本能が叫んでいる。レンデルについてもやはり同じように思っている。
なので「桜庭一樹読書日記」に次の一文を見つけた時はまさに「うぉおおーー」と叫んでしまったのだよ。

むかしからよく、ミステリに詳しい人にレンデルがお好きでしょうと言われるのだけれど、じつは微妙に、ぴんときていないのである。レンデルは多作だし、わたしは自己流で選んできたので、もしかしてはずればっかり読んでるのかも…(中略)
わたし「あのぅ、レンデルでお薦めは?」
K島氏「ふふふふふ。桜庭さん、レンデルはですね、六十歳からがすごいのです!」

ああっ!!そうそうそうなの!私もそうなの!ああー微妙にぴんときてないってすっごくよくわかるー。ああー桜庭さんと友達になりたいー。ああ、でもいいのね?やっぱりすごいんだよね、レンデルは?60過ぎてからがすごいのね?ああ、K島さんとも友達になりたいー。いや友達になれなくてもいい。二人の会話を喫茶店の隣の席でこっそり聞いていたい…。
でお薦めとあったこの「長い夜の果てに」を読んだのだが、いやもうこれがほんとに「ありがとう!桜庭さん!ありがとう!Kしまさん!」と叫びたくなるような素晴らしい作品であったよ。

イギリスの田舎町の協会に勤める眉目秀麗な青年ティムは、かつて古生物学者のイヴォーと知り合い、男同士の恋に落ちた。しかし次第に彼を疎ましく思うようになったティムは、共に参加したクルーズ旅行の寄港地で魅力的な女性に出会ったことから、ある重大な罪を犯してしまう。そして今、ティムのもとには、その罪を告発するかのような差出人不明の手紙が次々と舞い込み、いつしか彼は亡霊の影に悩まされるようになった…。巨匠ヴァインが小説技術の粋を尽くして紡ぎ出した、悪夢と幻影のタピストリー。

ティムは誰かを殺してその亡霊に怯えて暮らしている。前途有望な青年であったのにも関わらず彼は親の屋敷に住み町の協会に勤め家と職場を往復するだけの毎日を送っている。彼には友達もなければ恋人もいない。
さらにティムのもとには彼の犯罪を示唆するような手紙が頻繁に届き、ティムを怯えさせる。自分のしてきたことを正確に書くことで、これらの恐怖と対決することができると考えた彼は、封印してきた過去を語り始める。

美少年ティムが考古学者で自分より10歳上のイヴォーと出会い愛人になる(男同士)。ティムがどのようにしてイヴォーに惹かれていったか、二人の関係がどのように変化していったか、前半はそれがねっちりと描かれる。読んでいるとティムの利己的な性格やイヴォーの支配的なところにうんざりしてくる。「ああ、もう嫌だなぁ…」と顔をしかめてしまうようなところもある。しかし恋愛関係というのはこういう面が確かにあるよなぁとわが身を振り返らされたような居心地の悪さも感じる。

最初からどのような事件が起きるかというのはぼんやりとうかがい知ることはできるので、何もそこまでもったいぶらなくてもいいのにと思ったりもする。が、このねっちりが嫌ではない。恐らく後からこれが効いてくるのだろうなという予感がするのだ。
そして物語は思っていた通りの(彼が最初に示唆していた通りの)展開を見せる。ああ、やっぱり。いやでも、待てよ…?

人間を深く深く掘り下げて描く心理劇なのだなと思わせておいて、あっと驚くような謎解きもたっぷり。うわ、まさかこんな風にも楽しませてもらえるとは思ってもいなかったぞーー。そしてこのラスト。レンデルにしたら珍しいじゃないか、こんなラストは。希望があるような、いやしかしまた同じようにだめになっていくのだろうという不吉さもあるような…。いやほんとにアッパレとしか言いようがない。素晴らしい。

ミネット・ウォルターズには負けないわよっ」というレンデル(じゃなくてヴァインか)の声が聞こえたような気がした。(私だけ?)そしてなんかレンデル/ヴァインの小説の楽しみ方のコツを、この本のおかげで会得できたような気さえしている。