りつこの読書と落語メモ

読んだ本と行った落語のメモ

素粒子

素粒子 (ちくま文庫)

素粒子 (ちくま文庫)

★★★★★

yさんの偏愛ぶりを見てこれは是非読んでみたい!と思ったウエルベック
図書館で予約した本が届きぱらぱらとめくってびびる…。見慣れぬ単語(「エネルギー量子」「分子生物学」 )が踊っていて、しかもほとんど会話がない!「ケルベロス」に玉砕した後だけに不安が…。でもyさんの「魂で読む」の言葉に激しく励まされる。魂で読むのはティガーさまの得意技なのだ!

人類の孤独の極北に揺曳する絶望的な“愛”を描いて重層的なスケールで圧倒的な感銘をよぶ、衝撃の作家ウエルベックの最高傑作。文学青年くずれの国語教師ブリュノ、ノーベル賞クラスの分子生物学者ミシェル―捨てられた異父兄弟の二つの人生をたどり、希薄で怠惰な現代世界の一面を透明なタッチで描き上げる。充溢する官能、悲哀と絶望の果てのペーソスが胸を刺す近年最大の話題作。

これは二人の異父兄弟の物語である。兄ブリュノは高校の国語教師、弟ミシェルは天才的な頭脳を持った分子生物学者。別々に少年時代をすごした二人が高校生の時に再会を果たし、それ以後の2人の人生が丹念に描かれる。
少年時代に残酷ないじめを受けた兄ブリュノは、性欲にとりつかれている。いやもうとりつかれてるとしか言いようがない。性的なパラダイスを追い求めていくその姿は、変態の域にも達しているのではないかというイキオイで、その性衝動がこれでもかこれでもかと直接的な表現で描かれ続ける。このしつこさと下品さはアーヴィングにも通じるものがあるなぁと思った。うへぇと目をそむけたくなるような箇所もあったし、「ええ?それが最大のテーマなの?」とちょっとがっかり?しかけたりもしたのだが…待て待て待て。

一方弟のミシェルは際立った頭脳を持ち常に優等生で、大人になっても遺伝子の分野に携わる生物科学研究者としてエリートコースを歩いていく。しかし人間的な交わりは、時々訪ねて来る兄ブリュノ以外にはほとんどない。そんな彼も少年時代は絶世の美少女アナベルや育ててくれた祖母に対しては「愛」らしきものを抱いたように見えるのだが、しかし常に孤独でほとんど誰とも交わることなく生きている。ばかばかしいほど性欲のとりこになっているブリュノの章はかなりユーモラスだが、対照的にミシェルの章は量子論以後の物理学についての言及も多く、SF的な要素もある。

正反対に見える兄弟だが、二人に共通しているところが1つだけある。それは二人とも「愛することができない」と自覚しているところである。2人から浮かび上がってくるのは圧倒的な孤独感だ。兄の方はユーモラスで、弟の方はしんとした静けさがあるが、それでも両者ともとても孤独であることには違いがない。それが緻密で冷静な文章でこれでもかこれでもかと迫ってくるのだ。

以下はネタバレです。まあネタバレっていったらこれまでに私が書いたこともネタバレなのかもしれないけれど…。






物語は後半で大きく動く。
ブリュノはヌーディスト村のようなキャンプで運命の女性ともいうべきクリスチヤーヌに出会い、ミシェルは初恋の相手であるアナベルと再会するのだ。ようやくこうして二人は孤独でなくなるのか?愛を知るのか?という読者の期待はその後大きく裏切られる。訪れるのは悲劇なのだ。そして彼らはやはり上手に人を愛することができなくて破滅へ向かってしまう。
いやもうここらへんがものすごくうまい。愛の欠如と絶望が胸に迫ってくる。最初から最後まで淡々とした文章なのだが、ものすごい迫力がある。そしてなんというか美しいのだ。あの前半の性描写が直接的で下品だったのにもかかわらず、最後まで通して読むと、とても美しい小説だったなぁという印象が残る。いったいこれはどうしたことだ!!

読み始めは、あんまり好きじゃないかも、と思っていたのに、読み終わった感想は「ブラボー!!」になっていたのだ。いやはや…。実名主義から裁判沙汰にまで発展したりと、本書はかなりスキャンダラスな本ともいわれているようなのだが、いやしかしそんなことはない。ものすごく力のある小説だ。これは他の作品もぜひ読んでみなければ。