りつこの読書と落語メモ

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翻訳夜話2サリンジャー戦記

翻訳夜話2 サリンジャー戦記 (文春新書)

翻訳夜話2 サリンジャー戦記 (文春新書)

★★★★

キャッチャー・イン・ザ・ライ」を何年かぶりに読んで、なんだか全然共感も感動もできなくてもやもやした気持ちになって、解答を求めるような気持ちで買った本。
村上春樹氏が3ヶ月かけて翻訳した原稿を柴田元幸氏に読んでもらい、そこで出てきた疑問点を2人で論じ合い語り合った会話から本書が誕生することになったらしい。

ふだんあまり「小説以外」の本を読まないのだが、これは面白かった。村上春樹柴田元幸も大好きな翻訳家だし、その2人がこの作品についてまた翻訳のあり方について語り合っているのをこうしてじっくりと読むことができるなんて、本当に幸せなことだなぁと思った。この人たちがサリンジャーのような人じゃなくてよかった…。

私がこの間「キャッチャー・イン・ザ・ライ」を読んで、あれ?なんか全然感動しないぞ、やばい…と思った理由がこれを読んでわかった。
昔この小説は「これを読んでしびれないやつはだめだ」みたいな「感性のリトマス試験紙」みたいな扱いを受けていた時期があったのだ。だからこれを読んで特に共感もできなかったし、あんまりピンとこなかった、とはっきり言うことに抵抗があったのだ。
いやまあそれでなくても私の場合、「正しく読めてないのかもしれない」という自信のなさがあって、なんとなくこうやって人目に触れるところで感想を書くことへの不安感みたいのだがあるからなぁ。

いやでもこの本を読んで、別に共感しなくてもピンとこなくてもよくて、ただなんとなく頭に焼きつくシーンとかセリフとか空気とかそういうのをふわっともやっと感じるという読み方でもいいんだな、と思うことができて、ちょっとほっとした。村上春樹氏も、キャッチャーブラボー!キャッチャーバンザイ!みたいなトーンでは全然なかったし…。(←低次元な安心の仕方)

印象に残った話がたくさんあるけれど、その中でメモしておきたいと思ったところを幾つか。

・ある本について、何でこんなに読まれるのかとか、何で若者はこれに心酔するのかという話になると、途端につまらなくなりますね。おじさんが若い女の子の真理とかを勝手に推し量っても、まず外れますから。(柴田)
・小説にとって意味性というのは、多くの人が考えているほど、そんなに重要なものじゃないんじゃないかな。(村上)
・同じぐらいすらすらと読めても、読み終えたらすぐにけろっと忘れちゃうという本もあるし、なんかいつまでも残っている本もある。「キャッチャー」とういのは、だれがなんといっても、実にしっかりと残る本なんです。(村上)

それから私もやたらとひっかかったアントリーニ先生についても、両氏があれこれと掘り下げて考えているのが面白かった。そうだよなぁ。あれはひっかかるよなぁ。あそこだけやたらとホールデンくんが眠たがっているのもなんか不思議だしなぁ。なんかその後味の苦さが長いこと忘れられないような感じがあるんだよな。

「キャッチャー」に掲載できなかったというあとがきもしっかり読ませてもらえて良かった。と思う一方で、サリンジャーにしたらこんな風に自分の小説をああでもないこうでもない解釈されて解説されるのはいやなんだろうなぁ、ともちょっと思った。そして私がこの本を読みたくなったのは、自分の感性とか読み方に自信が持てなかったからなんだよなぁ、とちょっとだけ苦い気持ちにもなった。