りつこの読書と落語メモ

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未亡人の一年

未亡人の一年〈上〉 (新潮文庫)

未亡人の一年〈上〉 (新潮文庫)

未亡人の一年〈下〉 (新潮文庫)

未亡人の一年〈下〉 (新潮文庫)

★★★★★

ジョン・アーヴィングを読んだのは何年ぶりだろう。おそらく最も熱心に読んでいたのは20年ぐらい前だ。「ガープの世界」「熊を放つ」「ホテル・ニューハンプシャー」「158ポンドの結婚」「サイダー・ハウス・ルール」。私が一番好きなのは「サイダー・ハウス・ルール」だ。と言ったら、私の「好み」がよくわかるかもしれない。

アーヴィングはグロテスクと下品をわざと強調して描きだす作家だと思う。その下品さが私はちょっと苦手だった。特にこの人の性描写は醜悪だと思う。「がははは」と笑い飛ばせばいいのかもしれないが、ついついじっくり味わってしまって「うえっ」となる。そして、そういう下品な部分を飛ばしてしまうとなんだかどこが面白いのかわからないうちに物語が終わってしまう、なんてことになる。

何年かぶりのアーヴィングなので、とりあえず今回はきちんと読もうと思った。醜い部分や「なんでこの話がここに入ってくるんだ?」と思う部分も飛ばさずに読んだら、私がこの作家を本当は好きなのか、どうしても受け入れられないかがわかるかもしれない。

1958年、4歳の少女ルースは両親の寝室から聞こえてくる奇妙な音に目覚め、母とアルバイトの少年エディの情事を目撃した。死んだ兄たちの写真が貼り巡らされた家。浮気をくり返す絵本作家の父。悲しみに凍りついた母は、息子たちの写真だけをもって姿を消した。この夏の出来事が幼いルースと16歳のエディの心に残したものは…。20世紀アメリカ文学を代表するベストセラー。

そういう意味ではこの作品は冒頭からいきなりグロだ。4歳の少女が、母と少年エディの情事を目撃するところから始まるのだから。しかもその行為が全く美しくないのだ。醜悪なのだ。うへぇ。
しかもその情事に至るまでの物語がこれまた…。電車の中で読むのにまわりの視線に注意しながら読まなければならないほどの、直接的表現の嵐。アーヴィングの小説には必ずこういう部分があるんだよな…。多分それがなかったのが「サイダーハウスルール」だったんじゃなかったっけ。読んだのがかなり昔なのでもう記憶も曖昧なのだが。

エディと情事を繰り返したマリアンは、もともと2人の出会いが夫テッドが仕組んだことだったことを知り家を出る。4歳の娘ルースを置き去りにして。
エディはマリアンとの情事が忘れられず、家に戻ってからその夏の出来事を書く。そしてその後作家になる。彼はその夏の出来事をその後37年間書き続ける。一方ルースも作家になる。こちらはエディよりもっと売れていてレベルも高い小説家になる。

そしてこの2人が30年後に再会する。物語はエディとルースを中心に語られる。そしてそこにはアーヴィングお得意の小説の中の小説も登場する。なにせ登場人物のうち4人が作家なのだ。

前半は何度か「うえっ。やっぱりだめかも」と思ったけれど、我慢して(?)じっくり読んでよかった。いややっぱりアーヴィングはすごい。面白い。
無駄と思われる箇所も後になって無駄じゃなかったとわかる仕掛けがある。醜悪な中から顔を出す優しさとか美しさとか純粋さがある。そんなことありえないだろう?と思うような突拍子もないエピソードから妙に納得できる普遍性がある。
そしてとにかくそんなことよりなにより、おかしくてがはははと笑えたり、恐ろしくてドキドキしたり、ちょっとほろりとしたり、うわ!やだなぁ…と目をそむけたくなったり、読んでいて感情を揺さぶられる。とても揺さぶられるんだけど、それがあまりつらくない。なんでつらくないんだろうと考えると、ちょっと客観的に少しだけ離れた所から読むことできているからじゃないかな、と思う。いやこれはちょっと珍しいことかもしれない。私の場合だいたい物語の中にふかーく入り込んでいく読み方だから。

うん。やっぱり好きだ。アーヴィング。そしてこの人の小説は読み飛ばしたらだめだ。じっくり読まないと。そしてアーヴィングは好きな作品と嫌いな作品がくっきり分かれる作家だったんだけど(私にとったら)、もしかしたら前に読んで「嫌い」と感じた作品も、今読んだら好きになるかもしれない、とちょっと思った。