りつこの読書と落語メモ

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グレート・ギャツビー

グレート・ギャツビー (村上春樹翻訳ライブラリー)

グレート・ギャツビー (村上春樹翻訳ライブラリー)

★★★★★

翻訳本が好きだけれど、翻訳の良し悪しを意識して読むことはほとんどない。ただ読んでいてなんだか突っかかるような嫌な感じがあるときは「もしかしてこれは翻訳が悪いのでは?」と思い、「うわーーこりゃたまらん!なんてすばらしい文章なんだ!!」と感動した時は「もしかしてこれは翻訳が素晴らしいのでは?」と思い翻訳者の名前を確認する。
そんな私が好きな翻訳家は、柴田元幸、古屋美登里、中野恵津子、青山南、そして村上春樹だ。

村上春樹の小説を全部読んではいないけれど、彼が翻訳した本はほとんど読んでいる。なぜってハズレがないからだ。翻訳が素晴らしいということに加えて、村上春樹が翻訳しようと思った作品だから面白いに違いないという信頼感がある。だから村上春樹翻訳ライブラリーは全部そろえようと思っているのだ。老後の楽しみに。最近はほとんど本は買わずに図書館で借りて読むようにしているんだけどね…。

で、「グレート・ギャツビー」だ。
ずいぶん前から村上春樹が、「この作品が大好きでこの本にめぐり合わなかったら小説家になっていなかったもしれない」と語っていることは知っていた。だけどそれを聞くたびに「なんで?」と思っていた。「そんなにすごい小説だったっけ?」と。

実は大学生の頃一度読んで挫折しているのだ、この小説。多分大学に入った頃から好んで翻訳本を読むようになってきていた私は、当時自分のお小遣いで買える翻訳本(ほとんど文庫本だった)を読み漁っていて、その流れで「華麗なるギャッビー」を読んだのだ。
そのとき私はなんかドタバタしていて何が言いたいのかわからない小説だなぁと思って、おそらく1/4ぐらい読んだところで挫折した。

それが今こうして村上春樹の訳で読んだら、面白いのなんの。ドラマティックなストーリー、全体に漂うけだるさと悲劇的なムード、ギャツビーに惹かれたり嫌悪したり共感したりする主人公の感情の揺れ、それらが相まってなんとも気持ちいい。そう、気持ちいいのだ。昔「華麗なるギャツビー」を読んだときには味わえなかった気持ちよさがあったのだ。だから今回は夢中になって読めたのだ。どうしてかと考えると、自分が年をとって成熟した(?なのか?ほんとに?)のと、やはり村上春樹の翻訳がすばらしいから(多分こっちだ。間違いない)なのだ。ブラボー、ハルキ。

明日は出張だから本をたくさん持っていこう。うっしっし。