りつこの読書と落語メモ

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ベル・カント

ベル・カント

ベル・カント

★★★★

南米のある小国の副大統領官邸がテロリストに占拠された。そこでは日本の大手企業社長ホソカワの誕生パーティが開かれていて、オペラ好きな主賓のために呼ばれた美貌のオペラ歌手ロクサーヌをはじめ、出席者である各国の要人たちが人質になった。
人質解放交渉が難航しこう着状態に陥り幽閉生活が続くうちに、世間から全く隔絶された官邸の中でロクサーヌの歌をきっかけに人質とテロリストたちはいつしか心を通わせていく。しかしこの平穏な日々が永遠に続くはずはなかった…。

テロリストが人質をとって立てこもるという極限状態。しかしこの状態が長引くにつれて、一定のリズムというかルールが出来てきて、占拠された官邸内はいつしか牧歌的な世界になっていく。ありえなさそうだけれど、いやでもこういうことってあるだろうと思わされる。そうなった理由は人間の弱さなのか、あるいは強さなのか。

とても静かな文章で登場人物一人一人が丁寧に描かれていて、脇役一人をとってもとても魅力がある。
大統領になることを夢見ていた副大統領のルーベンス。彼は官邸のホストとして家事にいそしみ、いつしか人質たちのために尽くすことに喜びを見出すようになる。
仕事人間だったホソカワは、敬愛するオペラ歌手ロクサーヌと心を通わせ、生まれて初めて愛を知る。
ホソカワの通訳だったゲンは人質とテロリストと交渉人の間で通訳として重宝がられるのだが、テロリストの少女カルメンに英語を教えるうちに愛が芽生え…。

最初はただ「暴力」の象徴でしかなかったテロリストたちが、徐々に一人一人の人間として認識されてきて、人質との間に友情や愛情が生まれてきて、「このゴタゴタが片付いたら」とまるでこの先に明るい未来があるかのように人々が考え出し、もしかしてそんな未来が訪れるのか?いやしかしそんなことはないんだろう、きっと悲劇的な結末が…と読んでいる側は胸が苦しくなってくる。

ものすごく静かな文章で淡々と描かれているのでテレビでドキュメンタリーを見ているような感覚に陥ってくる。オレンジ小説賞、PEN/フォークナー賞を受賞したというのもうなづける、素晴らしい小説だった。